一人になった時。
嫌なことを思い出した時。
亡くなった人のことがふいに浮かんだ時。
覆せない過去を思い出した時。
何か引っかかっているのはたしかなのに、うまく説明できない時。
そんな時間はないでしょうか。
胸が少し苦しい。
呼吸が浅い。
頭がぼんやりする。
思考が鈍るような感じがする。
それなのに、今後もこういう時間が漠然と続くのかもしれない、という焦りまで混ざってくる。
でも、いざ言葉にしようとすると、うまく説明できない。
こんなこと、みんな同じかもしれない。
いろんな人がいるんだから、気にしすぎない方がいいのかもしれない。
そうやって、自分の中で片づけようとしてみる。
けれど、片づいた感じがしない。
そのまま少し残る。
この残り方が、また苦しくしんどい。
まず大事にしたいのは、言葉にできないからといって、気持ちがないわけではないということです。
とても大事なことです。
人は、説明できるものだけを本物みたいに扱いやすい傾向があります。
理由が言える。
筋道が立つ。
出来事として整理できる。
そういうものは、自分でも扱いやすいし、人にも話しやすい。
でも、実際の気持ちは、いつもそんなふうに並んではくれません。
嫌だった、だけでもない。
悲しい、だけでもない。
腹が立った、だけでもない。
懐かしいとも、悔しいとも、寂しいとも言い切れない何かが残ることがある。
それは曖昧に見えても、薄いわけではありません。
とくに、職場でのやり取りのあと。
友人と会ったあと。
誰かに何かを言われたあと。
ひどいことや嫌なことをされたあと。
そういう時に残るものは、すぐにきれいな言葉にならないことがあります。
だから、うまく説明できない自分を先に切らなくていいのです。
言葉になっていないだけで、内側では何かがちゃんと起きているのかもしれません。
ここで、もう一つ大事なことがあります。
時間が解決するからといって、通り過ぎていく必要はないということです。
よく、時間がたてば薄れる、忘れればいい、気にしない方がいい、と言われます。
たしかにそれが助けになる時もあります。
でも、だからといって、今ここで引っかかっているものまで、急いで流さなくていいのです。
通り過ぎることが回復になる時もある。
でも、少し立ち止まって眺めることが必要な時もある。
その違いは、外からは分かりにくいけれど、自分の内側には少しずつ見えてくることがあります。
思い出して嫌な気持ちになった。
胸が苦しくなった。
呼吸が浅くなった。
頭がぼんやりした。
それはもう、たしかに起きたことです。
その事実を、なかったことにしなくていい。
今回のテーマで大事にしたいのは、はっきりしない時間にも大切な意味があるということです。
すぐに答えが出ない。
何にこんなに引っかかっているのか分からない。
整理しようとしても、きれいにまとまらない。
そういう時間は、効率で見ると扱いにくいことが多いです。
前に進んでいないようにも見える。
でも実際には、まだ言葉になる前の何かを、自分の中で持っている時間なのかもしれません。
それは、答えを出せていない時間というより、まだ雑に扱いたくないものを大切に抱えている時間とも言えます。
だから、苦しくてもじっと眺めていたいなら、眺めてもいい時があります。
無理に意味づけしなくていい。
無理に前向きにしなくていい。
ただ、「まだここにある」と知っている。
それだけでも十分なことがあります。
ここで役立つのは、理由を探す前に、身体感覚を見ることです。
なぜこんなに苦しいのか。
どうしてまた思い出したのか。
そこにすぐ答えを出そうとすると、頭が先に動きすぎてしまうことがあります。
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だからまず、理由ではなく、今ある感じを拾ってみます。
・ 胸が苦しい
・ 呼吸が浅い
・ 喉が少し詰まる
・ 頭がぼんやりする
・ 落ち着かない
・ 背中が固い
・ 何となく沈む
このくらいで十分です。
身体感覚を見ることは、振り返りの時のアンカー(過去の感情の激流にのまれないための灯台)にもなります。
思い出したことそのものに全部飲まれず、「今ここで、自分に何が起きているか」に少し戻れるからです。
もう一つ大切なのは、理由ではなく、思い出した時の今ある感じを拾うことです。
たとえば、
・ またあのことを思い出した
・ 説明はできないけど苦しい
・ 怒りというより、重い
・ 悲しみというより、抜けない感じ
・ 寂しいだけでもない気がする
このくらいでもいい。
きれいにまとめなくていい。
名前をつけきれなくてもいい。
ただ、「今こういう感じがある」と置いてみます。
それだけで、言葉にならない気持ちを雑にせずに済むことがあります。
言葉にならない気持ちがしんどいのは、分からないことそのものだけではありません。
気にしてもしなくても、時間は通り過ぎていく。
なのに、自分の中だけ少し残っている。
しかも、それを誰にも言えない。
その感じが、静かな孤独につながることがあります。
一般に、孤独はしんどいものとして語られることが多いです。
それはたしかにそうだと思います。
言えないまま残ることは、やはり苦しい。
ただ、そのはっきりしない時間が、いつも悪いだけとも言い切れません。
まだ言葉にしたくないものを、自分の中で守っている時間でもあるかもしれないからです。
だから、言葉にならない気持ちがあるなら、そのまま大切に眺めてみてもいいのです。
これは、停滞を勧めたいわけではありません。
すぐに片づけないことにも意味がある、と言いたいのです。
思い返して苦しい時にも、自分を守っている面があるかもしれない。
すぐに整理しないことで、まだ壊さずに持っていられるものがあるかもしれない。
そういう時間もあるはずです。
今回いちばん伝えたいのは、無理に答えを出さなくていいということです。
言葉にならないなら、まだそのままでいい。
分からないなら、分からないままでいい。
はっきりしないなら、そのはっきりしなさを急いで消さなくていい。
必要なのは、急いで結論を作ることではなく、
・ 身体感覚を見る
・ 理由ではなく、今ある感じを拾う
・ 言葉にならない気持ちを雑にしない
このくらいからで十分です。
言葉にならない気持ちがある時。
すぐに答えを出さなくていい。
分からないままでも、自分の中にあるものは大切にしていい。
その時間にも、意味はあります。
そこからで十分です。
一人の時間に、言葉にならない苦しさが長く残るなら、
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