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人との距離感がわからない時、無理に近づきすぎないために

職場の雑談。
相手が少し距離を縮めてきた時。
どこまで踏み込んでいいのか分からないまま、離れたまま付き合う時間が増えていく時。

そんな場面で、少しざわつくことはないでしょうか。

近づきすぎたら、お互いかったるくなるかもしれない。
どこまで話していいんだろう。
相手に合わせた方が安全かも。
ちょうどいい距離って何なんだろう…

そう考えていると、笑っていてもどこか変な力が入る。
胸がざわつく。
その場はそれなりにやれても、一人になると急に重くなる。
そんな疲れ方があります。

このテーマは、実はかなり分かりにくいものです。
なぜなら、近づきすぎても疲れるし、壁を作りすぎても疲れるからです。

少し踏み込んだあとで、
「あれ、近づきすぎたかも」
「接近を許しすぎたかも」
と感じることがある。

逆に、慎重に距離を取っていたあとで、
「壁を作りすぎたかな」
と感じることもある。

そのどちらも起こるから、人との距離感はやっかいですね。
正解が一つに決まっている感じがしない。
それがまた、しんどさを増やします。

まず大事にしたいのは、人との距離感がわからなくなることはよくあるということです。

しかも、これは性格の問題だけではありません。
相手との関係。
その日の心身の余裕。
場の空気。
立場の違い。
会う頻度。
そういうものが少しずつ影響します。

だから、「適切な距離」が最初から分かっている人ばかりではないし、毎回同じでもありません。
ちょうどいい距離は、人によって違うし、同じ相手でも時によって変わります。

ここを見落とすと、
「自分は人付き合いが下手なんだ」
「自分だけ感覚が変なんだ」
と考えやすい。
でも本当は、距離感は固定されたものというより、その都度少しずつ探るものなのだと思います。

だから、今回一番伝えたいのは、近づくことだけが正解ではないということです。

人との距離を縮めるのは、たしかに大事なことです。社会活動をしていれば殊更です。
打ち解けることで助け合えることもある。
普段から顔を合わせたり、少し話せる関係があることで、しんどい時や有事の時にも支えになることもあります。
それは、きれいごとではなく現実です。

ただ、その現実があるからといって、毎回無理に近づけばいいわけではありません。
自分の感覚を無視してまで距離を詰めると、関係は続いても、自分の中に苦しさやしんどさが溜まっていく。
それでは、結局その関係ごと重くなってしまうことがあります。

だから、人付き合いを大事にすることと、無理に近づきすぎないことは両立していい
この二つは、対立するものではありません。

人との距離感がわからない時は、まず自分が疲れたポイントを見ることが助けになります。

話しすぎたのか。
気を遣いすぎたのか。
相手の温度に合わせすぎたのか。
断りきれずに、事案に少し踏み込みすぎたのか。
逆に、警戒しすぎて自分も相手もぎこちなくなったのか。

ここを短くでも見ていくと、「人付き合いそのものが向いていない」のではなく、「どこで疲れたのか」が少し見えやすくなります。

他人の反応に振り回されて疲れる時、自分の気持ちまで見失わないために〉         ↑コチラもご参照ください

もう一つ大切なのは、無理に相手の温度に合わせすぎないことです。

相手がぐっと近づいてきた時、こちらも同じ温度で返さないと悪い気がすることがあります。
でも、本当に毎回そこまで合わせる必要があるとは限りません。

少し話す。
でも全部は話さない。
感じよく返す。
でも無理に深く踏み込まない。
今はここまでにしておく。

そのくらいの調整は普通にあっていいのです。
それは冷たさではなく、距離感を探るための感覚です。

人との距離で疲れやすい人は、近づくか閉じるかの二択になりやすいのかもしれません。
でも実際には、その間があります。
少し話す。
少し残す。
少し様子を見る。
その幅を持てると、関係はずいぶん楽になります。

そして、今回あえて入れておきたいのは、人付き合いを大切にすることの現実的なよさです。

孤独がつらく苦しいものとして語られるのには、それなりの理由があります。
本当に一人きりで抱えるしかない時、人は弱りやすい。
体調を崩した時。
大災害などの時。
ふだん平気でも、いざという時には、誰かと顔を合わせていたことや、少し言葉を交わせる関係が大きな助けになることがあります。
(とくに、大きな災害に見舞われた地域や避難所ではそれが顕著です。)

だから、人との距離を全部閉じる方向へ行きすぎるのも、やはり少し危うい
ただしここでも、近ければ近いほどいい、ではないです。
大事なのは、互いに助けてもらえる、助け合える距離を、自分なりに探していくことだと思います。

それは、べったりした関係ではないかもしれない。
何でも話せる関係とも限らない。
でも、挨拶できる。
少し頼める。
少し気にかけられる。
そういう関係でも、十分に支えになることがあります。

だから、人との距離感がわからない時は、
「近づくべきか、離れるべきか」
だけで考えなくていい。

むしろ、

・ 自分はどこで疲れたのか
・ どこまでなら楽か
・ どこから少し無理が始まるのか
・ どんな関係なら、互いに助け合える感じがあるのか

そこを見ていく方が、ずっと現実的です。
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今回のテーマで持ち帰ってほしいのはこれです。
人付き合いで疲れたからといって、自分を責める理由にはしなくていい。
そして、ちょうどいい距離は、自分で探していいということです。

近づきすぎないことは、悪いことではない。
少し離れることも、冷たさとは限らない。
でも同時に、人と関わることが現実に助けになる場面もある。
その両方を見ながら、自分に合う距離を作っていければいい。

人との距離感がわからない時。
必要なのは、いきなり人付き合いをうまくやることではないのかもしれません。
まずは、

・ 自分が疲れたポイントを見る
・ 無理に相手の温度に合わせすぎない
・ 人付き合いの現実的な良さも拾う

このくらいからで十分です。

人との距離に迷う時も、自分に合う距離を探していい。
そしてその先に、互いに助けてもらえる関係を大目標にしていい。
そこからで十分です。

人との距離で疲れやすく、関わるたびに重さが残るなら、
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