家族に何かを頼まれた時。
友人に軽くいじられた時。
雑談の中で、少し踏み込まれた時。
本当は断りたいのに、その場では笑って流してしまった時。
そんな場面のあとで、何となく嫌な感じが残ることはないでしょうか。
その場では、うまく言葉が出ないことがあります。
頭が真っ白になる。
相手は悪気がなさそうだから、言いにくい。
話を遮ったり、空気を止めたりするのは自分が悪い気がする。
そもそも、自分が何を嫌だと感じたのかも、その瞬間にはよく分からない。
そうしているうちに、何も言えないまま終わる。
その場では何とかやり過ごしたように見えても、あとから胸が苦しくなる。
頭が白く霧がかかったように鈍くなる。
呼吸が浅くなる。
手足が冷たくなる。
そして少し時間がたってから、ようやく
「あの時、嫌だったのかもしれない」
と気づくことがあります。
まず伝えたいのは、その場で言えなかったことと、嫌だった気持ちが消えたことは別だということです。
言えなかった。
言わなかった。
笑って流した。
だからといって、その時に自分の中で起きていた違和感まで、なかったことになるわけではありません。
ここは大事です。
その場で反論できなかったから、自分は本当は平気だった、あるいは納得し、理解して受け入れたということにはならない。
言葉が出なかったことと、心が何も感じていなかったことは別です。
しかも、こういう場面では、相手が悪いとまでは言えないことも多い。
冗談のつもりだったのかもしれない。
気軽に頼んだだけかもしれない。
悪気はなかったのかもしれない。
でも、相手が悪くないことと、自分がしんどかったことは両立します。
この感覚は、軽く扱わない方がいい。
相手を責める話ではない。
ただ、自分の中で確かに何かがすり減っていたなら、それは見ないことにしなくていいのです。
むしろ、その場でうまく言えなかった人ほど、あとから
「ここで引っかかっているんだな」
と気づくことに意味があります。
マインドフルネスという言葉を大げさに使いたくはないけれど、
あとからでも、自分の中に起きていたことに気づけるのは、とても大事なことです。
感情の真ん中にいる時は、ただ飲み込まれて終わることがあります。
でも、少し時間がたってから
「嫌だったのかもしれない」
「少し苦しかったのかもしれない」
と見えるなら、もうその感情の真ん中にいるだけではない。
少し距離を取って見られている、ということでもあります。
だから、あとから気づいたことを
「遅い」
「その場で言えなかったから意味がない」
と切り捨てなくていいです。
そんな時は、まず「嫌だった」と断定しなくても大丈夫です。
無理に強い言葉にしなくていい。
怒りをきれいに言語化しなくてもいい。
まずは、
「何か引っかかっている」
「胸が苦しい」
「ちょっと嫌な感じが残っている」
そのくらいで止めてみてください。
この“止める”は大事です。
いきなり意味づけしすぎない。
相手を悪者にしすぎない。
でも、自分の違和感もなかったことにしない。
その間にいられると、感情に飲み込まれにくくなります。
もし身体的な違和感が強いなら、そちらを先に見てみるのも一つです。
胸の苦しさはどこにあるか。
呼吸は浅くなっていないか。
手足の冷たさはあるか。
頭がぼんやりしていないか。
細かく分析しなくていいので、ただ今起きている反応を見てみる。
そのうえで、吐く息を少し長めにしてみる。
今よりほんの少し長く吐く。
それだけでも、張ったままの体が少しゆるむことがあります。
小難しく聞こえるかもしれませんが、息を少し長めに吐くと、落ち着く方向に体が働きやすくなることがあります。
だから、気持ちをすぐ整理できない時ほど、身体から少し整えるのは意味があります。
そして、もう一つ役立つのは、あとから短く書き出すことです。
長い文章にしなくていい。
ジャーナリングのように、短く置いてみるだけでもいい。
たとえば、
・ あの言い方は少し嫌だった
・ 断りたかったのに笑って流した
・ 相手は悪くないけど、自分はしんどかった
・ その時は分からなかったけど、今は少し苦しい
このくらいで十分です。
書くことで、自分の感覚を見失いにくくなります。
頭の中だけで回していると霧がかかったままでも、短く外に出すと、少し輪郭が見えることがあります。
ここで大切なのは、
「次はちゃんと言わなきゃ」とすぐに自分を追い込まないことです。
もちろん、言えた方がいい場面もあります。
でも、この手の場面はそんなに単純ではありません。
反論すればいい、とは限らない。
険悪になることが、その人にとって本当に望ましいとも限らない。
だから、毎回「その場でちゃんと言う」を唯一の正解にしない方がいい。
むしろ今回は、
・ その場では言えなかった
・ でもあとから気づけた
・ 自分の中で何が起きていたかを少し見られた
・ 違和感を置き去りにしなかった
そこに意味があります。
嫌だったのにその場で言えなかった時、必要なのは、すぐに強くなることではないのかもしれません。
まずは、自分の気持ちを置き去りにしないこと。
あとからでも、自分の違和感に気づいて、少し見てあげること。
そこからで十分です。
言えなかった自分を責めなくていい。
でも、自分の違和感もなかったことにしなくていい。
その二つは両立します。
そして、あとから気づけたなら、それは何も遅くありません。
むしろ、思ったより冷静に物事を見られる力が、自分の中にあるということでもあります。
感情にただ飲まれて終わるのではなく、少し離れて見ようとしている。
それは大事な力です。
呼吸や身体感覚に戻る練習を、もう少し静かに続けたいなら、
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対人場面で飲み込んだ違和感や、あとから残るモヤモヤを一人で抱え込み続けているなら、
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嫌だったのにその場で言えなかった時、あとから自分の気持ちを置き去りにしなくて大丈夫です。
その場で言えなかったことに意味がなかったのではなく、あとから気づけたことにもちゃんと意味があります。
まずは、自分の違和感をなかったことにしないところからで十分です。